不採算事業を売却して企業再生。買手企業からすれば不採算事業も魅力的な事業です。
売り手会社の情報 | |
会社住所 | 福岡 |
事業内容 | 広告代理店・出版事業 |
設立年月日あるいは業歴 | 15年 |
資本金 | 1.5億 |
譲渡理由 | 義業再生過程による不採算・ノンコア事業の売却 |
譲渡対象事業 | フリーペーパー発行事業 |
譲渡形態 | 事業譲渡 |
譲渡額 | 400万円 |
代表者あるいはオーナー等のM&A後の処遇 | ー |
M&A後の従業員の雇用 | 転籍従業員の全員雇用 |
直近期末の負債・未払残高、薄価純資産、地価純資産 | ー |
直近期末対象事業売上高、実質営業利益、実質経営利益 | 売上:3,000万円 利益水準:赤字 |
買い手会社の情報 | |
会社住所 | 福岡 |
事業内容 | 保険代理店・金融サービス事業 |
設立年月日あるいは業歴 | 20年 |
資本金 | 5,000万円 |
直近末の売上 | 30億円 |
M&Aを活用した理由 | 社内報、顧客への情報冊子の内製化 |
M&A実施によってえられる効果・シナジー | 内製化による、機動性とコスト削減 |
売り手様と買い手様のニーズがきれいに合致していました
このM&A案件の売り手様とはどのような経緯でお手伝いすることになったのでしょうか。
松原:売り手会社であるA社様は、当社と懇意にしていた経営コンサルティング事務所からご紹介をいただいたことが出会いのきっかけになります。法人全体として事業再生を行う過程の一環として、業績回復と成長分野へリソースを集中すべく、不採算・ノンコア事業の売却を検討されていました。そこで、幅広い案件を取り扱っている当社へM&Aのご相談をされたという経緯でした。
ご相談をいただいた時のA社様の状況はいかがでしたか。
松原:A社様は、数年前まで上場を目指すほど成長力をお持ちの会社でした。本業は広告代理店業だったのですが、成長を好機到来ととらえて、事業の多角化戦略を取られたのです。本業に加えて、出版(フリーペーパー含む)、飲食、雑貨販売、アプリ開発(自社コンテンツ)、映像の制作および配信まで手がけるほど様々な事業を展開していました。
しかし急激な多角化によって会社のリソースが分散してしまい、当初想定していたような成果を得ることができませんでした。先行投資の回収もままならない状況で、かなり経営が苦しくなっているところでした。
ただ、すべての事業が壊滅的というわけではなく、いくつかの事業は成長を見込むことができたため、不採算事業・ノンコア事業を売却し、ヒト・モノ・カネの「選択と集中」を行うことにしました。A社にとって喫緊の課題である不採算事業・ノンコア事業の売却を当社がお手伝いすることになったわけです。
それでは買い手様とはどのように出会われたのでしょうか。
松原:買い手企業であるB社様との出会いは、異業種交流会でのご挨拶がきっかけです。保険代理店・金融サービス事業を展開するB社様は、売上も安定しており、顧客からの信頼もある会社でした。
顧客へのきめ細かい情報提供を強みとしていて、その手段の一つとして、情報冊子をお配りしていました。ただ、制作は外注していたため、冊子として提供するまでに少し時間がかかってしまうことを課題ととらえていました。メールなどデジタルで提供すれば鮮度の高い情報をすみやかに提供できますが、やはり顧客の中には“紙媒体であること”に信頼感を持つ方もいたため、B社様としては頭を抱えていたのです。
そこで、外注している情報冊子や社内報の制作を内製化するため、当社に雑誌を制作できる会社の買収を相談されていました。
なるほど、とても良いタイミングで「雑誌を制作できる」A社から相談を受けていたということですね。
松原:その通りです。A社様からご相談を受け、話を聞いているうちにすぐB社様のことが思いつきました。
A社様に有力な買い手候補がいることを伝えると、当社へ正式に売却依頼をいただけたため、すぐにB社様へ提示する資料の収集を開始しました。
本件は、社内報および顧客に配布する情報冊子制作の内製化を目的とした買収であるため、転籍人員がキーポイントになることが予想されました。したがって各人員の担当や役割、経験、技術力を評価できる資料を中心に収集しました。
資料の完成後、B社様のオフィスで、トップ面談を実施しました。
転籍する人員を処遇が非常に重要でした
トップ面談の際に留意したことなどはありますか。
松原:通常、M&Aにおけるトップ面談では、トップ同士の相性が重視される傾向があります。しかし今回の案件においてはそれも大切でしたが、事業の譲渡に伴い転籍する人員(キーパーソン、キャラクター、実力など)について、A社様の社長よりご説明いただくことに注力しました。資料も作りましたが、トップから直接ご説明いただく方がより信頼性が増します。
予想通り、B社様は熱心に転籍する従業員のことを聞いていらっしゃいました。
また、B社様からは取得目的をご説明いただきました。A社の従業員が引き続き安心して働けるためには、こうした情報が不可欠です。
トップ面談を通して大枠の条件について合意を得ることができました。それから、B社様によるA社様対象事業部の見学を行いました。
もちろん、事業譲渡の件については秘匿したままです。この「秘匿」が非常に重要です。
どういうことかというと、万が一M&Aの情報が漏れた場合、社員は自分の働いている部署が売却されてしまうことに動揺し、会社からの説明を待たずに辞めてしまう可能性があるからです。今回のケースは転籍人員が非常に重要なポイントになっていますから、それは絶対に避けなければなりませんでした。
また、一般のM&Aでも言えることですが、外部に情報が漏れたことによって顧客が信用不安を起こして事業価値が低下してしまったり、別の会社が買い手に名乗り出て、当初の買い手との信頼感が損なわれてしまうということもあります。前者のケースは、再生を目指すA社にとって大きなデメリットになりますし、後者のケースも、交渉の難航化や最悪の場合破談になってしまうこともあります。
自社の社員だからといって油断して話してしまったことで、競合他社に知られ「あの会社は事業を売却するようだ」という話が業界全体に流れてしまうというケースは珍しくありません。
話がスムーズに進んでいる時こそ、細心の注意が必要になります。
本案件は情報が漏洩することなく、順調に質問や資料のやりとりを中心とした交渉が進み、話が煮詰まってきたところでB社様から条件が提示されました。
譲渡代金以外の重要な条件は、最終譲渡契約後、決済までの間に、全転籍従業員とB社様が面談をしたいというものでした。
この条件からも本案件は転籍人員がポイントになっているということがうかがわれます。A社様も異存はなく、面談実施が決定しました。
転籍人員との面談はどのようなことが行われたのでしょうか。
松原:最終譲渡契約が締結された後、転籍する従業員一人ひとりと個別に面談をされました。
内容としては、今回の譲渡理由の説明のほか、転籍後の業務、労務条件などについて協議しました。従業員にとっては寝耳に水ですから、丁寧な面談で従業員の理解を得ることに注力しました。
以上で決済となり、トップ面談から決済まで3カ月ほどの期間を要しました。売り手様、買い手様のニーズが合致していたということもありますが、比較的スムーズに話がまとまった案件だったと思います。
本案件の成功要因
本案件のポイントだった転籍人員について、もう少し解説いただけますか。
松原:本案件は、多くのM&Aで重視される売却対象事業の業績や顧客、取引先などのウェートはそこまで重要ではありませんでした。
B社様がM&Aに求めていたものが「社内報・情報冊子制作の内製化」と明確であったため、転籍する従業員のスキル、並びに譲渡後のモチベーションの方がずっと重要だったのです。
通常のM&Aでは、キーパーソン以外の一般従業員への告知は、決済後に行われるのが一般的です。しかし本案件においては決済前に転籍従業員全員の面談が行われ、大成功を収めています。その要因として挙げられるのが、面談内容をA社様、B社様が入念に打ち合わせていたことだといえます。
これは転籍する従業員の不安を払拭し、M&A後も前向きに働けるようにするというA社様、B社様共通の思いがありました。実際、転籍した従業員は全員雇用されましたし、B社様は雑誌の内製化によってコスト圧縮だけでなく業務の効率化にも成功されたのです。転籍従業員が安心して働いているという証拠ではないでしょうか。
最後に本案件のM&Aについてまとめていただけますか。
松原:本案件は、売り手様が再生過程にあり、再生の一環として事業を売却したいという典型的な事例でした。昨今の中小企業の中には事業の見直しを行っているところが多く、こうしたケースはかなり増えてきています。
買い手様もビジネスやシステムの取得をするというより、人材の確保、業務機能の取得という側面が強い案件でした。
再生過程での事業売却には他にもいくつかパターンがあります。収益性の低いノンコア事業の売却ばかりとは限りません。あえて黒字の事業を売却することもあり得るのです。
例えば、現状キャッシュマシーンとなっている優良事業であっても、将来性や成長に疑義がある場合、その事業を可能な限り高値で売却し、これから成長の見込める事業へ集中投資するというケースです。
具体例を挙げるとすると、ある会社の一事業において、取引相手が上場している大企業だったとします。しかしその大企業はコストを圧縮するため、仕入先を国内の会社から海外に変更しようとしている。この場合その事業は、現時点では安泰ですが、取引相手が仕入先を海外に変えてしまったら一気に業績が落ちる可能性があります。そこでその会社は新たな取引先を探すよりも事業を売却することを選択します。取引先を探すよりも自社の他の事業に注力するためです。すぐに同業の買い手企業が見つかりました。というのも、その買い手企業は優良な取引相手を持っていて、将来性にまったく不安がないからです。このようなケースだと、売り手は自社にとってリスクのある事業を高値で手放すことができ、買い手は事業の強化をすることができるというWin-WinなM&Aになるわけです。
M&Aにおいては、自社事業の価値や将来性を、外部環境も含めて冷静に評価し、幅広い戦略的な視点から考える必要があるでしょう。
また中小企業の人材難の解決手段としてM&Aを行うケースも増えています。優秀な人材の確保によってさらなる業績アップを図りたいと考えている中小企業は多く、今回ご紹介した案件のように、人材確保をM&Aにおける最大の目的の一つに位置づけ、事業・企業を取得するケースは近年、かなり目立つようになってきました。
このようにM&Aの目的を明確化することで、シナジー効果や今後の事業展開など、しっかりした戦略策定につながります。